2006年2月 2日

コレッタ・スコット・キングさん逝去

  「ニューヨーク・ハーレム・ジャーナル」によると、コレッタ・スコット・キングさんが亡くなったとのこと。

 故マーチン・ルーサー・キング牧師の未亡人と言うか、図書館的に言えば、今ではアメリカ図書館協会公認の 「コレッタ・スコット・キング賞 Coretta Scott King Book Award」 がその名を冠して称えているあの人となりますか。

 この賞は、アフリカ系アメリカ人の著作家・イラストレーターが選考対象だということで日本ではあまり注目されてませんけど、 最近では金原瑞人さんがよく訳しているウォルター・ディーン・マイヤーズも複数回受賞者ですね。ああそれから、ヴァージニア・ ハミルトンも何度も受賞してて、日本でも有名な受賞タイトルでは『人間だって空を飛べる』があります。 最近日本で(この賞受賞作品としては珍しく)訳された絵本で言えば『とどまることなく: 奴隷解放につくした黒人女性ソジャーナ・トゥルース』があります。

 そう言えば、アフリカ系アメリカ人版(向け?)ちびくろサンボの『おしゃれなサムとバターになったトラ』のコンビ、ジュリアス・ レスターとジェリー・ピンクニーも受賞者です。もっとも、流石にこの作品では受賞してませんけれど。

 堂本かおるさんの上記ブログでは、昨年10月のローザ・ パークスさんの逝去も知らされました。 昨年、つまり2005年は、「うさこちゃん50年」であり「ロックンロール50年」でしたが、同時に「バス・ ボイコット運動50年」でもありました。1955年にそれらの始まりがあったわけです。そしてその丁度その50年目にローザさんが逝き、 そして年を越してコレッタさんです。堂本さんがレポートされているのですが、こうした公民権運動を担った人たちは、 今の若いアフリカ系アメリカ人から見れば「うざぁ」だそうです。そうなる理由もわかるような気はしますが、 歴史の重みは受け止めたいという気がします。どんな文化でも世代間のずれはあるものだと思いますが、なんとも無惨な気持ちになります。

 コレッタ・スコット・キングさん、そして、遅くなりましたがローザ・パークスさんのご冥福をお祈りします。

 

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2005年10月24日

バイカ ボイズ

 ローレンス・フィッシュバーン主演ということで、レンタルDVD新刊で「バイカー・ボーイズ Biker Boyz」を見ました。メイキングで語られているように、「愛と名誉と家族」の物語。

 ストーリーのネタバレは避けるとして、背景が黒人主体のバイカー達のコミュニティだというところが目を引きました。これもメイキングで言っているんですが「バイクに乗る人間が主人公の映画なんて、マーロン・ブランドの『乱暴者』か、ピーター・フォンダの『イージー・ライダー』くらいなもの」(老生もまさにその通りの記憶しかなかったので少し安心)という中で現実にある黒人主体のバイク・コミュニティーの取材をもとにし、また彼らの全面的な協力を得て製作されたということのようです。このコミュニティーはカリフォルニアで「1930か40か50年代からある」ということです。随分といい加減な歴史叙述にも思えますけれども、たしかにその頃に「黒人がバイクで公道を走るなんて考えられなかった」わけですから、記録もちゃんと残す方が難しかったのでしょう。

 面白かったのは、主人公のキッドが創ったバイク・チームの名前が「Biker Boyz」ですが、そのチームのスーツの胸に、英語表記と並んで「バイカ ボイズ」とカタカナで書いてあるのですね。最初「なんで字幕があんんなところにあるのだ?」と怪訝に思いましたが、ほとんど「世露死苦」の発想です。長音記号を使ってないのには一瞬違和感があったんですが、映画の中での彼らの発音を聞いているとたしかに「ばいか ぼいず」と言ってます。なるほど。

 しかし、 フィッシュバーンさん、「マトリックス」の頃から凄い貫禄です。腹だけではないのですけれど、体全体が凄く分厚くなってきている。まだラリー・フィッシュバーンと名乗ってた頃の「スクール・デイズ」(1988)や、「ボーイズ’ン・ザ・フッド」(1991)、「ディープ・カバー」(1992)でのシャープな印象とまったく違ってきています。でも、その貫禄でも「マトリックス」の袁和平さんからは「年なのによく頑張った」と褒めて貰ってたのでご同慶の至りです。

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2005年7月 8日

続報・メキシコ版さんぼ騒動

 先日ご紹介の件について、「ニューヨーク・ハーレム・ジャーナル」で続報がありました。

 少ないサンプルからの印象になりますが、同じように多人種・多民族の国であっても、歴史的な形成過程の異なりで「人種・民族差別的ステレオタイプ」にかかわる感性が異なってくることもあるのだということかとも思えます。

 あと興味深かったのは、引用されている手紙の中の

あと今回の件は、「アメリカうざー。おまえは世界警察かよ」っていう反発も一役買ってるものと・・・

 という一節。「アメリカ(合衆国)は世界の警察軍」というフレーズは、1960年代から(1950年代かも)アメリカ批判(アメリカの他国への政治的・軍事的・経済的・文化的…まああらゆる面での侵略に対する批判)の文脈で多用されていたものでした。黒沼ゆり子さんの著書の中で「メキシコの悲劇は、神からあまりにも遠く隔たり、アメリカ合衆国にあまりに近いこと」というメキシコ人の嘆きを読んだことも朧気に思い出されてきました。

 「9・11」もこうした文化的差異の歴史を踏まえてはじめて見えてくる人類の悲劇であるように思えますが、『ちびくろさんぼ』の評価をめぐる論議も、こうした多層的多面的な視座がないと浅薄なものになりおわる類の営みであるように思えてなりません。

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2005年7月 5日

メキシコ版さんぼ騒動?

 ニューヨーク在住の堂本かおるさんの「ニューヨーク・ハーレム・ジャーナル」で、「アメリカの基準でいえば、ほとんど『チビクロサンボ』級」のキャラクターがメキシコで切手になって発売されて論議になっているとの報告が。

 スタンリー・エルキンズのアメリカの黒人奴隷制研究なども、黒人差別はどの国にもあるとは言え、アメリカ合衆国のそれが他の国とは結構違っている(アメリカ合衆国のは排除がより徹底している)のはどうしてか、というモチベーションで書かれているとのことですが、より定型化されてマスコミを通じて流布された「サンボ・イメージ」というものについての認識の有無(あるいは認識の在り方の違い)が、こうしたキャラクターの印象を大きく分けるということなのかもしれません。

 たしかにアメリカ合衆国の場合、自らの文化の産み出した「サンボ・イメージ」に即して(引き寄せて)バナーマンさんの『ちびくろさんぼ』を書き換えた海賊版を多様に量産し、結果としてその後遺症に苦しんでいるとも見えます。その意味では、『ちびくろさんぼ』問題というのは、アメリカ(文化)の問題なのだとも言えるのかもしれません。(もちろん、イギリスにだって『ちびくろさんぼ』反対論はありますけれど、「サンボ・イメージ」と『ちびくろさんぼ』の関わりに即して言えば、ニュアンスが大分違ってきているように思えます。)

 とは言え、それはそれとして、その今では見捨てられているアメリカ文化の横道の一作を自らのデファクト・スタンダードとした日本の『ちびくろさんぼ』観も、文化的な課題としてはなかなか異彩をはなっていると言えます。ず~っと原作(オリジナル)を見ずに、それを高く評価してきたというのは、文化の評価の問題としては、普通はありえない話です。

 イギリスでは、『ちびくろさんぼ』の海賊版はあまり出版されず、アメリカではオリジナル(に近い)版もずっとあったが、一方では海賊版が猖獗を極め、日本では海賊版しかなかった(1999年までは)という事実は、興味深いことです。日本での『ちびくろさんぼ』状況は、文学作品の評価という観点から見た場合、とてもおかしなことになっていると思います。褒めるにせよ、けなすにせよ、該当の作品を読まずに文学作品を評価することなどできるはずがないのですから。

 個々の人の「懐かしさ」は、それ自体聖域だと思いますし、とやかく言うつもりはありませんが、『ちびくろさんぼ』の評価をめぐる問題は、文化の在り方の問題としては、極めてけったいな事例であるとは言えるのだと思います。

 堂本さんも、「メキシコの事情というか、社会通念について、メキシコ在住の友人に聞いてみようと思う。メキシコも人種の混じった国だけに、この件は不思議に感じるので。」と述べておられますが、メキシコの状況報告に期待しています。そこからは、こうしたアメリカ固有の課題としての「ブラック・ステレオタイプ」「サンボ・イメージ」の問題と共に、汎用的な面での多文化状況の中での差別意識の自覚化の問題として、有益な内容が読み取れるような気がしています。

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2005年5月13日

スパイク・リーの Bamboozled

(※以下は、5月9日の記事を改稿して再投稿。)

 手持ちのビデオの整理をしていて、Richard Pryor の "Jo Jo Dancer"という作品の邦題も含めた詳しい制作データがわからずネットをうろうろしていると、えらいものに出くわしました。

 アフリカ系アメリカ人社会でも何かと物議を醸すスパイク・リーが2000年にBlack Stereotype(アフリカ系アメリカ人に対する否定的なイメージ……「サンボ・イメージ」はその典型のひとつ )を描く作品を制作していたようなんですね。タイトルは"Bamboozled"。もちろんスパイクさんのことなので、Black Stereotypeに対して被害者意識をかき立てて抗議するなんてことはしない。

 ここ数年、自分がブラック・カルチャー関係にはほとんどアクセスしてこなかったのを棚にあげて「そんなの聞いてないよ」と思ったものの、こういう複雑な構造を持った作品が日本で売れるわけがないという判断(妥当な判断だと老生も思う)からだろう、日本版ビデオ/DVDは発売されていない。アマゾン・ジャパンで bamboozled で検索をかけても米版DVDすら出てこない。米アマゾンでは流石にヒットしたので、同じスパイク・リーの初期作品の"School Daze" と一緒に発注。。。どちらも Region 1 なので他人様にはお勧めできませんが。(老生は古いPCを捨てられずにキーボード切換で併用しているので、DVD-Driveの1台をRegion1専用にしてあって、親爺ロック系のライブDVD視聴用に使っているのです。)。。。ああそれに、どちらも日本語字幕ないですし。。。もちろん、老生も英語など聞き取れませんですよ。でも、"School Daze" は一度字幕付きビデオで見ているし、ミュージカル的な要素もあるのでよい画像で持っておくのもよろしいかと(値段も$10しないし)。"Bamboozled"はミンストレル・ショーのフィルムを多用しているようなので資料的に見るだけでもいいかな、と。

 "Bamboozled"については、NY在住のジャーナリスト堂本かおるさんのHPに紹介が出ていました。
スパイク・リーの新作 Bamboozled----ちびくろサンボが消えた理由

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