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2006年11月 8日

ボニーさんの誕生日

 今日は Bonnie Raitt さんの誕生日だよ、と今朝のFM802が教えてくれたので、帰宅してから彼女の最新アルバム Bonnie Raitt and Friends (2005年9月のライブのCD/DVDセット。日本盤がまだ出てないようですが、DVDの Region Code はフリーになっているようで、うっかり通常のDVDドライブに入れても再生できてました)を。ここ10数年来のバンドで臨んだ、タイトル通りに幾人かのお友達をゲストに呼んでのライブとなっています。

 前作 Souls Alike のジャケット写真にも写っていた、ダークブラウンの塗装が剥げ剥げになった年季の入ったストラトを、文字通りのボトルネックで演奏してくれています。このストラトは、70年代後半に来日した時にも、それからグラミーをとってから90年代半ばに来日した時にも使っていたと思うのですが(記憶はやや曖昧)、なんだか先達や友人を大切にするボニーさんらしいなぁというところ。

 90年代の来日のMCでは、"I'm sorry that I can't speak Japanese. But this ..."とこのストラトを持ち上げて"will tell you"とやってくれたものでした。

 このライブでは4人のゲストを迎えていますが、やはりブルース畑の Keb' Mo さんとの競演で一番のっているように見えますね(^_^) それから、一番若くて "My new friend"と呼ばれているのが Norah Jones さんですが、 30歳ほどの年齢差を超えて一人のミュージシャンとして敬愛の姿勢を見せるボニーさんにむしろ驚かされます。

※ ところで、このボニーさんとノラさんの競演を見るたびに思うのですが、「21世紀の若きボニー・レイット」などと呼ばれている(と言うより、本人が明らかにボニーさんと似ていることを強調してきていた)Grace Potterさんとボニーさんの競演は実現するのでしょうか。是非見てみたいです。もっとも、DVDを見るとグレイスさんは脱ボニー・レイット化しているようですけれど。いずれにしてもこのグレイス・ポッターさんの発見は、老生の今年のヒットでした。

 話をボニーさんに戻すと、YouTube でもボニーさんの映像をいくつか見ることができます。セントラル・パークのライブで、John Hall さんをゲストに迎えてのライブ・ステージには感無量でした。ジョン・ホールさんは彼女のセカンド・アルバムの何曲かで印象的なギター・ソロを披露し、サード・アルバムのプロデュースを担当していたのでした。今年のものと思われるセントラル・パーク・ライブでも、「あぁジョン・ホールさんやなぁ」というギターを聞かせてくれています。(……ボニーさんのサード・アルバムの頃、ノラさんはまだ生まれてもいないんですよねぇ。。。)

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2006年11月 6日

関ヶ原合戦でした

 昨日の「功名が辻」、関ヶ原合戦本番でした。一豊さんの「功名」(槍働き)がないことは史実として動かしようがありませんので、 あのエピソードはどう描かれる?このエピソードは?というところが今回の山でしたが、 手練れの大石静さんですから合戦の流れを手堅くまとめておられました。

 ただ石田三成さんを「義は我にあり」という名分に走った観念論者として描くのであれば、 彼の麾下にあって軍事専門家としての本分をつくすことで己を活かした島左近さんや蒲生郷舎さんを出すという手もあったのになぁとは思いますが、 時間の制約もあってそのあたりは島津維新入道さんとの確執で代表させたという形ですね。もっとも、あの描写では維新入道義弘さんが、 自分の提案を否定され、メンツをつぶされたとすねてしまった田舎大名という趣になってしまったのが少し残念。 60余万石の大名であれば2万近い軍勢を率いているのが通常の軍役*であるところを総勢わずか1500で島津勢がそこにいたというのが既にドラマなのですが。 そしてその1500余名が80余名となって薩摩に帰り着くことになる、前に向かっての退却劇、見せてほしかったです。しくしく。

* これもほんとはちょっと怪しいところがあるのですけど、 旧陸軍参謀本部が日本の戦史を研究した際にこの時代の動員兵力の算定基準を1万石あたり300人としたのが、その後ずっと「お約束」 になっています。だから20万石の福島正則は6000の兵力、5万石の大谷吉継は1500、 6万9000石の山内一豊さんは約2000という風に言われているのですけれど、 そもそも各大名の知行の正確な石高自体がよくわかっていないのでこれは「まぁ、とりあえず、そういうことにして話をすすめようよ」 というほどのことですね。

 というわけで、関ヶ原の、と言うより小山会議での言動の恩賞として一豊さんが土佐一国を預かることになるわけですが、 こっから先土佐へ入って統治するまで、重苦しい話になっていきます。

 

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