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2005年7月18日

児童ポルノ検閲官としての図書館員

※2005/7/19に言葉足らずの部分に追加修正。

 「検閲官としての図書館員」と言えばどこやらで聞いたフレーズですが、ボストウィックさんのお話しはひとまず置くとして、「法律に書いてあるのだから自分で判断(検閲)しなさいね」と国立国会図書館が法務省から言われているのがこの↓事例。

「児童ポルノ」閲覧制限 国会図書館、摘発対象指摘受け(2005年07月17日12時57分)

 ここでは、児童ポルノ禁止法にかかわって朝日新聞からの指摘を受けた国会図書館が法務省に「有罪、あるいは起訴された事件の写真集などの情報」を「求めたが、『リストアップしていない』と断られた。逆に、児童ポルノにあたる構成要件は法で明示していることから、『図書館で判断できるはず。もし児童ポルノを提供しているとわかれば、摘発対象にもなりうる』と、自主的な対応を迫られた。」とあり、それで同図書館が慌てている様子を報道しています。

 先週あった「船橋焚書事件」(これについては別記)の判決では、<一度受け入れた本を勝手に廃棄しちゃそりゃ駄目ですよ>という趣旨が宣告されたわけですが、その判決についての各紙の報道や解説記事に援用されていた「図書館の自由に関する宣言」では

 図書館は、正当な理由がないかぎり、ある種の資料を特別扱いしたり、資料の内容に手を加えたり、書架から撤去したり、廃棄したりはしない。/提供の自由は、次の場合にかぎって制限されることがある。…(2)わいせつ出版物であるとの判決が確定したもの。(以下略)

 と述べており、その解説でも、「刑法第175条のわいせつ文書にあたるという裁判所の判決が確定した資料については、提供の制限はやむをえない。」(p.28)としていることからすると、「児童ポルノ」についても「提供制限」の判断の前提は「判決」によると解釈されるわけですが、法務省は<私たちは別に該当作品をリストアップしていませんけど、図書館さん、あなた手元に本があるのなら、法の規定に則してご自分で判断しなさいよ。それがちゃんと判断できなきゃあとであなたを摘発することもありえますよ>と、これは脅しですが、おっしゃっているわけです。

 「閲覧制限」も「廃棄」も、「利用者が見れなくする」ということでは同じですが、行動/判断の原理として、こうも近接して「自分の判断で勝手に隠すな」と「自主的に判断して隠せ」とまったく異なることを指示されたのでは、たしかに図書館現場は混乱します。

 また「わいせつ」というのが法律の文言だけでは定義しきれないのは、昔からの種々の「わいせつ裁判」の類で自明の筈です。そもそも「法律に書いてあるでしょ」でいいのなら、警察も裁判所も不要だと言うことになりますが(^_^; 無責任なお話しです。

 せっかく「自由宣言」が社会的に認知される判決が出た直後ですのに、なんとまぁ。

 それにしても、朝日新聞は、この記事ではマッチポンプしてますよね。この新聞は「お役所」がらみの記事では、この手の書き方をよくします。この記事を書いた朝日の記者さんは、こういうケースで図書館(員)はどうするべきだと思ってるのでしょう。「船橋焚書事件」判決に関わる朝日新聞の社説(7/15付)は「自由の番人でいる重さ」と、図書館員が閲覧の可能性をコントロールしないことの重要さを確認したのですが。

 これは西河内さん、書くネタがふえちゃいましたね。

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