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2005年5月13日

スパイク・リーの Bamboozled

(※以下は、5月9日の記事を改稿して再投稿。)

 手持ちのビデオの整理をしていて、Richard Pryor の "Jo Jo Dancer"という作品の邦題も含めた詳しい制作データがわからずネットをうろうろしていると、えらいものに出くわしました。

 アフリカ系アメリカ人社会でも何かと物議を醸すスパイク・リーが2000年にBlack Stereotype(アフリカ系アメリカ人に対する否定的なイメージ……「サンボ・イメージ」はその典型のひとつ )を描く作品を制作していたようなんですね。タイトルは"Bamboozled"。もちろんスパイクさんのことなので、Black Stereotypeに対して被害者意識をかき立てて抗議するなんてことはしない。

 ここ数年、自分がブラック・カルチャー関係にはほとんどアクセスしてこなかったのを棚にあげて「そんなの聞いてないよ」と思ったものの、こういう複雑な構造を持った作品が日本で売れるわけがないという判断(妥当な判断だと老生も思う)からだろう、日本版ビデオ/DVDは発売されていない。アマゾン・ジャパンで bamboozled で検索をかけても米版DVDすら出てこない。米アマゾンでは流石にヒットしたので、同じスパイク・リーの初期作品の"School Daze" と一緒に発注。。。どちらも Region 1 なので他人様にはお勧めできませんが。(老生は古いPCを捨てられずにキーボード切換で併用しているので、DVD-Driveの1台をRegion1専用にしてあって、親爺ロック系のライブDVD視聴用に使っているのです。)。。。ああそれに、どちらも日本語字幕ないですし。。。もちろん、老生も英語など聞き取れませんですよ。でも、"School Daze" は一度字幕付きビデオで見ているし、ミュージカル的な要素もあるのでよい画像で持っておくのもよろしいかと(値段も$10しないし)。"Bamboozled"はミンストレル・ショーのフィルムを多用しているようなので資料的に見るだけでもいいかな、と。

 "Bamboozled"については、NY在住のジャーナリスト堂本かおるさんのHPに紹介が出ていました。
スパイク・リーの新作 Bamboozled----ちびくろサンボが消えた理由

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三文字ルール?

 今日届いた「@ピア メールマガジン」。タイトルに目玉記事のミュージシャンの名前を列挙するのに、三文字ルールを適用しているらしい。

 で、「ゆず」「平井堅」はフルネームでセーフ。「直太朗」…まぁそうだな。「ラルク」…これもそう略すよね。…「ケツメ」……そうか?! そうなのか? それは止めた方がいいような気がする。

 と思ったが、公式サイトのurlがhttp://www.ketsume.com/になっていた。。。でもやっぱり、止めた方が、、、、

 と思いつつ、5月14日追記。

 ブログを検索してみると、ファンも「ケツメ」と呼んでいるのですな。ふむ。年寄りの口を出すところではないです。

 ところで、彼らのアルバム・タイトルはずっと変わらず「ケツメポリス」で、1・2・3と来て、もうすぐ4が出る。で、検索するとこれの略称が「ケツポリ」…ほらぁ、だからやっぱりそれは止めた方が……。

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2005年5月 9日

<懐かしき『ちびくろさんぼ』>考

 「懐かしー」のオンパレードにただ驚いているだけでも仕方がないですね。自分の整理の意味で『ちびくろさんぼ』をめぐる論議についての参考図書をあげてみます。

●径書房編集部編『ちびくろさんぼ絶版を考える』(径書房 1990)

 これはbk1では「現在お取り扱いができません」になってますが、径書房のHPではちゃんと出て来ますね。まだ入手可能のようです。

 1988年末から1989年初めにかけて岩波版をはじめとした種々の『ちびくろさんぼ』が絶版になっていった中で、擁護派と批判派両方の立場からの発言を集めています。巻頭に『ちびくろさんぼ』のオリジナルの縮小版を載せたのが、日本でのオリジナル全頁紹介の初めですね。

●エリザベス・ヘイ著『さよならサンボ:「ちびくろサンボの物語」とヘレン・バナマン」(平凡社 1993 )※現在入手不可

 現在入手不可のものをあえて挙げています。というのも、原著作者のヘレン・バナーマンについての詳しい伝記的なことがらはこれにしか出てこないからです。著者はヘレンさんの子ども達に直接インタビューしている唯一の「公認」といってもいい伝記作者ですのでね。図書館で探してください。ただ次に紹介する、この本より前に書かれた伝記とは『さんぼ』評価を大きく変えて「さよならサンボ」と言っています。
 因みに、この作品は英語で書かれているのですが日本訳のみ出版されています。最初は、次にあげるものの邦訳が出るということだったのが、著者の意向からでしょうか、こういう形になっています。

 因みに、Helen Bannerman の日本語表記ですけど、岩波版が「バンナーマン」としたのでそれで耳になじんでしまってますけど、原綴を見れば、「バナーマン」と「バナマン」の間くらいかなって感じじゃないでしょうか。さらに横道にそれちゃいますけど、『ドリトル先生』も原綴は Dolittle(Do + Little)で「ドゥーリトル」なんですよね。更に横道ですが、同じお名前で1942年に東京を爆撃をしたアメリカ空軍の中佐がいてこの爆撃は人名をとって「ドーリットル爆撃隊」と近代日本史では表記されていますね。

●Elizabeth Hay "Sambo Sahib" (Paul Harris, 1981) ISBN:090450591

 英文なんですが、同じ著者の『さよならサンボ』との比較の意味もあって敢えて挙げてみました。これは全面的にヘレンさんと『ちびくろさんぼ』擁護の立場で書かれています。<ヘレン・バナーマンは善意の人で、『ちびくろさんぼ』批判は誤解の産物なのだ>、という主張ですね。しばらく入手不可状態だったのが最近米アマゾンで検索したら出て来ました。上記のように著者のサンボ評価が大きく変わったので絶版状況になっているのかと思っていたのですが、どうなのかな。これは『絶版を考える』では『サンボ閣下』として紹介されています。"Sahib"ってのはインドの言葉で、英語で言えば"Master"にあたるらしいので、『サンボ閣下』ってかなりな雰囲気訳ですね。(……「サンボ・マスター」っていうロック・バンドが今日本で活動中ですが、これはまったく無関係でしょう、多分。)

灘本昌久著『ちびくろサンボよすこやかによみがえれ』(径書房 1999)

 ヘイさんの『さよならサンボ』の向こうをはったタイトルで、しかも表紙の構図がほとんど同じということで実に挑戦的ですが、表紙の構図は単に両方ともオリジナルサンボの口絵を使っただけということで偶然のようです。著者の主張はタイトルが語っていますが、この方は差別問題業界の方(ただし異端派)なので、絵本の評論というよりむしろ差別問題の本という趣になっています。
 そして、この本と連動してオリジナルの『ちびくろさんぼ』の初めてのそして唯一の日本語版が同じ著者の翻訳で出版され、同時に、オリジナルの復刻(英文)も同じく径書房から出版されていますので以下に挙げておきます。英文復刻版の方は、1899年のイギリス初版の忠実な復刻で、これは現在英米で流通している『ちびくろさんぼ』が本文とイラストがオリジナル通りでも表紙が違っていることや判型が少し違っていることからすると、貴重です。その貴重さに対して税込¥3,675を払うかどうかはそれぞれですけれどね。

●ヘレン・バナーマンさく・え/なだもと まさひさやく『ちびくろさんぼのおはなし』(径書房 1999)

●Helen Bannerman "The Story of Little Black Sambo"(径書房 1999)

 最後に、『ちびくろさんぼ』の評論ではないのですが、特にアメリカ合衆国での『ちびくろさんぼ』批判の背景となった Sambo という「黒人」に対する否定的イメージの歴史について述べた本があるので紹介しておきます。

●ジョゼフ・ボスキン著/斎藤省三訳『サンボ:アメリカの人種偏見と黒人差別』(明石書店 2004)

 この邦題の副書名はある種の意訳になっていて重苦しい感じがするのですが、原書名は"Sambo: The Rise and Demise of an American Jester"ということで、アフリカ系アメリカ人への否定的なイメージである「サンボ・イメージ」の消長を記録したむしろ学術的な研究書です(といってもあまり堅苦しくはない)。
 この本で疑問があるのは、訳者の後書きで「サンボ・イメージ」の問題から『ちびくろさんぼ』についても長い批判を展開しているのですが、ボスキンの本文では、まだ擁護派だった時代のヘイさんの"Sambo Sahib"を引用して、『ちびくろさんぼ』批判は誤解だった、『ちびくろさんぼ』という作品は「サンボ・イメージ」とは無縁だったと書いていることなのですね。

 「たかが絵本のことで、重苦しい本をなんで読まなきゃならんのだ」と言われるならそうですけどね。まぁ、それぞれ、それなりに面白い(興味深い)ですよ。

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2005年5月 8日

「いざ 鎌倉」って

 今晩のNHK大河ドラマ『義経』で、鎌倉に馳せ付けた義経の家来衆が集まって愚痴っていました。「『いざ鎌倉』で駆けつけたのに、することがない。」

 …清盛がそろそろ死のうかという段階でその用法はまだないでしょうに。これには歴史小説や時代劇音痴の老生のつれ合いでもすぐ気付いたってのに。

 ところで来年の大河ドラマは司馬遼太郎の『功名が辻』。およそ40年前に原作を読んで、三橋達也主演のTVドラマも見た記憶があるとGoogleしたらドラマは1966年放映でした。(Buffalo Springfield 結成の年ですな。それは古い。)来年は誰が千代を演じるのでしょうか?

 それはともかく、原作をこないだ読み返して思うのですが、山内一豊って人物は、それなりに興味深い人なんですけれど、到底50回の放映分のエピソードやドラマはないように思えるのですが、大丈夫なんでしょうか? それくらいなら、最近の火坂雅志著『虎の城』(祥伝社)で描かれた藤堂高虎の方がよっぽどドラマ性がある上に、映像的に希少価値があると思うのですけれどね。一豊さんは、馬の話(これはむしろ妻の千代さんの話)と関ヶ原合戦の時の小山会議とくらいですものね、ドラマになるのは。あとドラマ性があるのは土佐入部のところですけど、これははなはだ後味が悪いですし。うーむ心配。

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