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2005年8月10日

硝子の天井

 ふと気がつくとえらく間遠な投稿になってしまっています。頭が他所の方向へむいておりました。とりあえず目についた記事から。

図書館から本が姿を消す--米大学が進めるデジタル化の現状
Stefanie Olsen (CNET News.com) 2005/08/08 21:19

 技術的な面に限って言えば「デジタル図書館」というものが展開可能であるのは既に分かっています。少なくとも単純に「本」のコンテンツをデジタル化してネットを通じてアクセスできるようにする、という「デジタル図書館」の概念の前段としての「(私的に、実験的に)デジタル化する」までは。老生ですら、本を解体し両面読み込み可能なADF付きのスキャナーを使ってPDF化しているくらいですから。

 そして、そうした段階にある「デジタル図書館」がどうしても離陸できないこと……つまり著作権が「硝子の天井」になっていることも、よく知られています。ところが、上記記事は、こうした「著作権という硝子の天井」という現状の「デジタル図書館」にとっての出発点を、記事の締めの部分にいきなり持ってきて

 しかし、図書館のデジタル化に向けた最大の課題は、出版者や知的財産権保有者らが抱いている懸念だ。著作権法は長年の間に変化を遂げており、また米国以外の国々では著作権法の内容が異なる可能性もある。よって、書籍デジタル化計画の多くは、その実施にあたり、各作品の著作権の調査や権利者の許可の取得に多くの時間を費やさなくてはならない。

と結論として述べて終わっています。この記事の意図するところは一体何なのでしょうか。どうも老生には呑み込みにくい記事です。

 呑み込みにくいと言えば、工学系の大学で図書館のデジタル化が進んでいるという記述の後に添えられた次の指摘もそうです。

たとえば、シェークスピアやヘミングウェイの著書などは棚に並べておく必要があるだろう。しかし、Unixカーネルの開発に関する専門書を棚に並べておく必要性はそれほど高くない。

 なんとなく通りがいい説明であるのは認識できますが、ほんとにそうでしょうか? 「デジタル図書館」が普及する、成立するということは、ユーザー/読者が「シェークスピアをデジタル図書で読むっておかしいことですか?」といった状況になることなのだろうと思えるのですが。

 老生は理工系の人間ではないので、老生がPDF化に励んでいる図書も当然人文系・社会科学系が中心であり、一部小説も含みます。。。なにしろ置き場所に困っていますから、家人の批難の目を避けるにはデジタル化するしかないのですよ。とほほ。

 こうしたことはインターネットと似ているのかもしれません。かつてインターネットは、特定の学術研究機関などに所属する理工系人間が主として使う、(言葉は悪いですが)「おもちゃ」でした。それが人文科・社会学系の研究者達さらには一般にも広がってきてインターネットはインターネットとなったのだと思います。ということは、上記の記事の指し示すところは、「デジタル図書館」も社会的にはまだまだ「おもちゃ」の段階なのだ、ということなのでしょうか。

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