<懐かしき『ちびくろさんぼ』>考
「懐かしー」のオンパレードにただ驚いているだけでも仕方がないですね。自分の整理の意味で『ちびくろさんぼ』をめぐる論議についての参考図書をあげてみます。
●径書房編集部編『ちびくろさんぼ絶版を考える』(径書房 1990)
これはbk1では「現在お取り扱いができません」になってますが、径書房のHPではちゃんと出て来ますね。まだ入手可能のようです。
1988年末から1989年初めにかけて岩波版をはじめとした種々の『ちびくろさんぼ』が絶版になっていった中で、擁護派と批判派両方の立場からの発言を集めています。巻頭に『ちびくろさんぼ』のオリジナルの縮小版を載せたのが、日本でのオリジナル全頁紹介の初めですね。
●エリザベス・ヘイ著『さよならサンボ:「ちびくろサンボの物語」とヘレン・バナマン」(平凡社 1993 )※現在入手不可
現在入手不可のものをあえて挙げています。というのも、原著作者のヘレン・バナーマンについての詳しい伝記的なことがらはこれにしか出てこないからです。著者はヘレンさんの子ども達に直接インタビューしている唯一の「公認」といってもいい伝記作者ですのでね。図書館で探してください。ただ次に紹介する、この本より前に書かれた伝記とは『さんぼ』評価を大きく変えて「さよならサンボ」と言っています。
因みに、この作品は英語で書かれているのですが日本訳のみ出版されています。最初は、次にあげるものの邦訳が出るということだったのが、著者の意向からでしょうか、こういう形になっています。因みに、Helen Bannerman の日本語表記ですけど、岩波版が「バンナーマン」としたのでそれで耳になじんでしまってますけど、原綴を見れば、「バナーマン」と「バナマン」の間くらいかなって感じじゃないでしょうか。さらに横道にそれちゃいますけど、『ドリトル先生』も原綴は Dolittle(Do + Little)で「ドゥーリトル」なんですよね。更に横道ですが、同じお名前で1942年に東京を爆撃をしたアメリカ空軍の中佐がいてこの爆撃は人名をとって「ドーリットル爆撃隊」と近代日本史では表記されていますね。
●Elizabeth Hay "Sambo Sahib" (Paul Harris, 1981) ISBN:090450591
英文なんですが、同じ著者の『さよならサンボ』との比較の意味もあって敢えて挙げてみました。これは全面的にヘレンさんと『ちびくろさんぼ』擁護の立場で書かれています。<ヘレン・バナーマンは善意の人で、『ちびくろさんぼ』批判は誤解の産物なのだ>、という主張ですね。しばらく入手不可状態だったのが最近米アマゾンで検索したら出て来ました。上記のように著者のサンボ評価が大きく変わったので絶版状況になっているのかと思っていたのですが、どうなのかな。これは『絶版を考える』では『サンボ閣下』として紹介されています。"Sahib"ってのはインドの言葉で、英語で言えば"Master"にあたるらしいので、『サンボ閣下』ってかなりな雰囲気訳ですね。(……「サンボ・マスター」っていうロック・バンドが今日本で活動中ですが、これはまったく無関係でしょう、多分。)
●灘本昌久著『ちびくろサンボよすこやかによみがえれ』(径書房 1999)
ヘイさんの『さよならサンボ』の向こうをはったタイトルで、しかも表紙の構図がほとんど同じということで実に挑戦的ですが、表紙の構図は単に両方ともオリジナルサンボの口絵を使っただけということで偶然のようです。著者の主張はタイトルが語っていますが、この方は差別問題業界の方(ただし異端派)なので、絵本の評論というよりむしろ差別問題の本という趣になっています。
そして、この本と連動してオリジナルの『ちびくろさんぼ』の初めてのそして唯一の日本語版が同じ著者の翻訳で出版され、同時に、オリジナルの復刻(英文)も同じく径書房から出版されていますので以下に挙げておきます。英文復刻版の方は、1899年のイギリス初版の忠実な復刻で、これは現在英米で流通している『ちびくろさんぼ』が本文とイラストがオリジナル通りでも表紙が違っていることや判型が少し違っていることからすると、貴重です。その貴重さに対して税込¥3,675を払うかどうかはそれぞれですけれどね。
●ヘレン・バナーマンさく・え/なだもと まさひさやく『ちびくろさんぼのおはなし』(径書房 1999)
●Helen Bannerman "The Story of Little Black Sambo"(径書房 1999)
最後に、『ちびくろさんぼ』の評論ではないのですが、特にアメリカ合衆国での『ちびくろさんぼ』批判の背景となった Sambo という「黒人」に対する否定的イメージの歴史について述べた本があるので紹介しておきます。
●ジョゼフ・ボスキン著/斎藤省三訳『サンボ:アメリカの人種偏見と黒人差別』(明石書店 2004)
この邦題の副書名はある種の意訳になっていて重苦しい感じがするのですが、原書名は"Sambo: The Rise and Demise of an American Jester"ということで、アフリカ系アメリカ人への否定的なイメージである「サンボ・イメージ」の消長を記録したむしろ学術的な研究書です(といってもあまり堅苦しくはない)。
この本で疑問があるのは、訳者の後書きで「サンボ・イメージ」の問題から『ちびくろさんぼ』についても長い批判を展開しているのですが、ボスキンの本文では、まだ擁護派だった時代のヘイさんの"Sambo Sahib"を引用して、『ちびくろさんぼ』批判は誤解だった、『ちびくろさんぼ』という作品は「サンボ・イメージ」とは無縁だったと書いていることなのですね。
「たかが絵本のことで、重苦しい本をなんで読まなきゃならんのだ」と言われるならそうですけどね。まぁ、それぞれ、それなりに面白い(興味深い)ですよ。
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コメント
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torovさん
葦岸堂です。コメントありがとうございます。
たしかに、88年末の岩波版絶版から径書房の『…考える』が出た90年までの論議を知っている者からすると、それが何も遺産として遺っていないのを見ると、「ちょっとびっくりたまらん箱」ですね。でも、それが日本のサンボ状況そのものなのだということで、興味深いところです。
ところで、ドビアス版サンボですが、当時は老生もブラック・ステレオタイプの典型だと受け止めていたのですが、最近では、岩波改作版ではなくドビアス作のオリジナル版ではちょっと違う相貌が見えるのかもしれないと思い始めています。
投稿: 葦岸堂 | 2005年5月18日 00:30
元図書館司書をやってました、torovと申します。
ちびくろサンボに関しては当時図書館の本を攫って
読んでいた時代に径書房関係の本をいくつかと、
エリザベス・ヘイの『さよならサンボ』を読んでいました。
その認識ではちょうど「有害図書」問題と同列で
語られることの多い話の一つとして捉えていたのですが、
ただこの件に関してはなんとなく「同族殺しなことやってん
なあ……」といふ意識で終わっていました(だって
『サンボ』って本来共働きでインドに働いているキャリア
ウーマンな主婦が子供に読みきかせる為に書いた創作絵本
なのに、ウーマンリブ的な「焚書」でそれも灼くのかよ、
と思ってました)。
で、その時にも「海賊版の最たるクロ」と言われていた
岩波本の復刻で「またもノイジー・マジョリティの
復権を懐かしがるのかよ……」とか思ってネット検索を
して観たわけですが、ここのようにちゃんと90年代当時を
含めたこのちびくろサンボの辿ってきた歴史を踏まえている
ところってホントに少ないのですねえ。
あと、蛇足かもしれませんが、朝日新聞の「読書」欄が
瑞雲舎版の話をしていた時に灘本版とを比べて紹介していた
「いまちょっと読むとちょっとヘンだ」なコラムは
「わかって取り上げている」感がありましたけど。
『さよならサンボ』はかなり読み応えのあるいい本でした。
図書館を漁るだけでも良いですから、一度は読んでおいて
ほしいと思える本のひとつではないかと思います。torovでした。
投稿: torov | 2005年5月17日 23:05
またまたあらわる、魔女さんです。
せっかくなので(?)、こちらにもTBさせていただきました。(^^;)
まだまだ、このモンダイについては考えていきたいことがいっぱい。
絵本だけでも、改作本がたくさんでていますよね~。
そのうち、「魔法の本棚」にも少しずつアップしていきたいと思います。
投稿: 本棚の魔女 | 2005年5月11日 03:09